全景

今治城は慶長9年(1604年)9月、藤堂高虎によって築城されました。
しかし、慶長13年(1608)、高虎が伊賀一国と伊勢8郡に20万石を与えられると、
飛地となった今治には藤堂高吉を処守(城代)で残し、自身は伊勢津城に移り住み
ました。
その際2万石には不用の天守閣は解体し、大坂まで運び、慶長15年(1610)丹波
亀山城に移築したそうです。
今治城に天守閣が存在していたと思われるのは僅か4年ほどで、その後天守閣が
築かれる事はありませんでした。
高吉が約27年間処守をはじめた後は、寛永12年(1635)家康の甥の松平定房が
藩主となり、松平家の居城として明治維新を迎えています。
維新後は廃城となり、城内の建物は全て取り壊されましたが、現在の天守閣は今治市制60周年記念事業として6億8千万をかけて昭和55年に再建されました。
和歌山城や会津若松城、熊本城などの建築設計を行った藤岡通夫博士が亀山城
天守を参考にして設計されたそうです。

閉じる